プロレスのミドコロ

プロレス大好きな管理者が、プロレスのミドコロを丁寧に解説

ザック・セイバーJrというプロレスラーの挑戦

賛否両論が飛び交うこと、

それは注目を集めていることの証明であるし、

注目させるようなプロレスを魅せてくれていることに通じる。


「ザック・セイバーJr」

イギリス出身のサブミッション・マスター。

相手に組み付いて、関節や靭帯にダメージを与えることで、
タップアウト(ギブアップ)を狙う戦法を主体とするプロレスラー。

彼のプロレスの「是非を問う」のではなく、

彼のプロレスを「ちゃんと評価」できるよう、

自分なりの考え方を記しておきたいと思います。

関節技が必殺技になり得た時代

まずは事前知識として、
昔の新日本プロレスを例に考えてみたいと思います。

アントニオ猪木は「延髄斬り」「卍固め
藤波辰爾は「ドラゴンスープレックス
長州力は「リキラリアット」「サソリ固め」

スターと呼ばれる選手が、華やかで説得力のある「必殺技」を繰り出すことで、
観客は盛り上がっていました。

その一方で藤原喜明木戸修といったレスラーは、
「脇固め」「アキレス腱固め」という関節技が主体。
彼らはスターではなかったけれど「いぶし銀の活躍」をしていました。

スター選手から関節技でギブアップを奪ったり、
足や手が使えなくなるくらい技を極め、戦闘不能に追い込んだりした時など、
華やかなレスラーを地味な技で倒す様子から、
「いぶし銀」と呼ばれていました。

現代よりも「主役と脇役」の区分けがはっきりしていた時代。
「いぶし銀」は必要とされる役で、
彼らの繰り出す「関節技」は、彼らの「必殺技」でした。

そんな、「いぶし銀の必殺技」でも、
観客はおおいに盛り上がることができていました。

そして観客の中には、
「スター」に惹かれてプロレスを見る・志す人がいれば、
「いぶし銀」に惹かれてプロレスを見る・志す人もいました。

ザック選手は、
イギリスのテクニシャン系レスラーに憧れて、
プロレスの世界に身を投じています。
イギリスのプロレス史に詳しい訳ではないですが、
おそらく日本でいう「いぶし銀」系のレスリングに憧れて、
プロレスを始めたことになります。

現代プロレスとは一線を画すスタイル

プロレスの基本は受け身。
受け身の技術レベルがプロレス界全体で上昇することに伴い、
これまで必殺技とされてきた技では、仕留めきれなくなる。
だから更なるダメージを与えられるよう、技は改良されていきます。

そうして産まれてきたのが、
危険な角度から後頭部をマットに突き刺す技や、
見た目が美しい華麗な空中技の数々。

「そんなの首折れるだろ」「死ぬよ、絶対」
「あんなのできね~」「人間技じゃない」

と言いたくなるような技を繰り出し、観客の度肝を抜く。
次第にその技に耐える・跳ね返すレスラーが出てきて、
耐えた・跳ね返したレスラーにも観客は湧く。
そして更にインパクトと説得力のある技が開発されてゆく。
そうやって現代プロレスは作り上げられてきました。

そして「関節技」はというと、
一定の説得力を持って受け継がれてきており。
素晴らしいタイミングで極まった「関節技」によって
試合の勝敗が決定づけられることもあります。

そして、現代風にアレンジされた「関節技」を
フィニッシャーとして使用している選手もいます。

例)
KUSHIDA選手・・・ホバーボードロック

天山広吉選手・・・アナコンダバイス

田中稔選手・・・ミノルスペシャ

見てもらうとわかる通り、他にも試合を決定付けられる、
現代プロレスを象徴する技をお持ちの選手たちです。
打撃も使います。投げ技も使います。
だから昔のような「いぶし銀」的な感じは一切受けません。

フィニッシュに至る過程に現代プロレスらしさが散りばめられるから、
スタイリッシュな「関節技」はむしろ現代プロレスにマッチすらしています。

 

そんな現代プロレス隆盛の時代において、
ちょっとアレンジした「いぶし銀的な関節技」をメインに、
試合の始まりから終わりまでを組み立てようとしているのが、
ザック選手です。

ハードなチャレンジ

ここまでの流れの中で、
いかにザック選手が異質な存在で、
いかに難しいチャレンジをしているか、
がお判りいただけたでしょうか。

現在のプロレスファンの多くは「現代プロレス」を見に来ているわけだから、
その中で「路線が違う」プロレスを主体に戦う、
そのこと自体が困難な道のりです。

一方で「オンリーワン」になれる可能性はあります。
そして選手間では高く評価するコメントが多く見られます。

そんな中、観客として見る側の反応はというと、

ザック選手のテクニックを評価できる人は
「すげ~」「他にいないタイプで貴重」と。

一方、飯伏選手のような
アスリートプロレスに魅せられてファンになられたのかな、
という印象の方々からは
アンチテーゼのような発信が散見されます。
推していたレスラーが、よくわからないプロレスに負けて「つまらない」、
というのが本音でしょうか。

わかりにくい理由

そこで、なぜザック選手のプロレスが伝わりにくいのかを検証します。

①極められている箇所がわからない

普通関節技は、どこか1箇所を極めるもの。
どこかを極めつつ、動けないよう手(足)もつかんでおく、
くらいまではよく見かけられます。

でもザック選手の関節技は「複合関節技」が多く、
同時に何か所も極める、というスゴ技。

対戦相手からしたら、こんなに嫌なものはないのですが、
観ている側からすると、どこが一番痛いのかわからなくなります。
だから、痛みに耐えるレスラーへの応援がしづらく、
また、痛みに共感できないことにつながってしまっている気がします。

②プロレスの特徴である「ロープブレイク」が消される

関節技が本当に極まると、タップするしかありません。
けれど、プロレスにはそこから逃れるルールがあります。

「ロープブレイク」

極められたレスラーが痛みに耐えながら、
少しずつ自分の体を動かしロープを掴む。

でもザック選手の「複合関節技」は
最悪「両手・両足」を封じてしまいます。
極まったら逃れられないので、極まる前に逃げるしかない。

極まってしまった後の光景は、
「逃げようとしてるのか」がわからない。
相手がギブアップしたとき、
「痛くて耐えられないのか、動けないから仕方なくなのか」の判断もつかない。
だから、「頑張れ、もうちょっとでロープだ」という
プロレスならではの光景が見れず、
プロレスならではの盛り上がりもできなくなってしまっています。


③技の応酬の醍醐味

プロレスはお互いの技を受け切って、そのうえで相手を上回る。
そこが、他の格闘技とは一線を画すところであり、
プロレスの醍醐味でもあります。

ザック選手もちゃんと技を受けています。

受けているのですが、
どうしてもテクニカルな攻防が多くなってしまうので、
ザック選手に分があるように見えてしまいます。

例えば、相手に絡みついて関節技に入る時、
素晴らしい返し技の応酬を、
ザック選手がテクニックで上回ったうえで極めているのですが、
観る人にとっては「一方的に極めてしまう」と、感じてしまうのでしょう。

エルボー合戦とか、大技の応酬みたいなシーンが少ないのは事実です。

④誰に対しても強さを見せれるかどうか

ザック選手は、
自身の関節技を効果的にするためにも、かなり絞った身体付きになっていて、
レスラーとしては貧弱に見えてしまいます。
重たい攻撃を喰らうと、早い段階で力負けしてしまいます。

だから単純な予測として、大きな選手、
例えばバッドラック・ファレ選手などに圧殺されたら、為す術ないのでは?
と感じさせてしまう部分はあると思います。 

対戦相手の力量

なんとなくわかりにくい試合になりがちな部分を検証しましたが、
対戦相手によってカバーできる部分があります。

それは「受け方(やられっぷり)」

オーバーリアクションともまた違うのですが、
一流の選手は、相手の技を最大限に生かす「受け」ができます。
この「受け」があると、試合は盛り上がります。

例えば、ザック選手が棚橋選手や内藤選手を倒すと、
めちゃくちゃ会場がスパークします。
その時にザック選手ではなく、
棚橋選手や内藤選手の「受け方(やられっぷり)」に注目してみてください。

「どこが痛い」とか「どこが極まってる」とか
そんな概念を超越する表情と身体の動きで、
ザック選手の技がどれだけすごいのか、をちゃんと表現してくれています。

プロレスは魅せる競技である以上、
この「受け」があるかないか、はとても重要だと思います。

先日まで行われていた『NEW JAPAN CUP』を見ていると、
EVIL選手、飯伏選手は
そのあたりがまだ少し足りないのかな、なんて感じたりもしました。

「技」を活かすには「対戦相手の力量」も大事、ということですね

ザック選手の成長

ザック選手は、新日本プロレスで活躍する前に、
ノアのジュニア戦線で戦っていたことがあります。
当時ノアに参戦していた
獣神サンダー・ライガー選手やタイガーマスク選手と戦っていました。

その頃も、今のファイトスタイルとさほど違いはなかったのですが、
今ほどの強さは持ち合わせていませんでした。
タッグのベルトは取ったものの、
シングルのベルトには手が届かなかったと思います。

数年後、新日本プロレスのヘビー級に参戦が決定した際、
「ノアのジュニアで通用しなかったのに、
新日本プロレスのヘビー級でやれるのか?」
と感じたのを覚えています。

実際には通用するどころか、トップ選手を次々と倒す活躍ぶりです。
「関節技」を「必殺技」として。

ザック選手のファイトスタイルを嫌いな人がいてもいいと思います。

ただ、本当のトップに上り詰めるレスラーは、
アンチな人たちをも納得させる「何か」を身に付けています。

これからのザック選手が
このまま自分の信じた路線を追求するのか、
それとも、もう少しわかりやすいプロレスに転換するのか。

個人的には、
「ザックドライバー」なんていう投げ技もいらないから、
とことんストイックに、
オンリーワンのプロレスラーを目指してほしいと、
そう思っています。

 


皆さんがこの先
「ザック・セイバーJr」という選手のプロレスを見る際の
何かしらの参考になれば幸いです。